「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」意味:自分の失敗を認めず、屁理屈(へりくつ)を並べて言い逃れをすること。 負け惜しみの強いこと。 今回はこの四字熟語のもとになったお話をどこよりも詳しく・分かりやすく解説していきます。授業の予習・復習・テスト対策にお役立てください。「石に漱(くちすすぎ)流れに枕する」と常用され、夏目漱石の雅号「漱石」の由来としても有名です。
本文

※これ1冊で高校「古典探求」の予習・復習・試験対策まで完璧
現代語訳
孫子荊が、若い時に、俗世間を離れたいと思って、王武子につげて「石を枕とし(川の)流れで口をすすごう」と言うべきなのに、間違えて言うことには、「石で口をすすぎ流れを枕としよう。」と。
王が言うことには、「流れは枕とすることができ、石は口をすすぐことができようか(いや、できない)。」と。
孫が言うことには、「流れを枕とする理由は、(汚らわしいことを聞いた)その耳を洗おうとするからである。石で口をすすぐ理由は、(俗世間の汚いものを食べた)その歯を磨こうとするからである。」と。(苦しい負け惜しみを言った。)
書き下し文
孫子荊、年少き時、隠れんと欲し、王武子に語げて当に石に枕し流れに漱がんとすべきに、誤りて曰はく、「石に漱ぎ流れに枕せん。」と。
王曰はく、「流れは枕すべく、石は漱ぐべけんや。」と。
孫曰はく、「流れに枕する所以は、其の耳を洗はんと欲すればなり。石に漱ぐ所以は、其の歯を礪がんと欲すればなり。」と。
重要語句
所以 | 乎 | 可 | 当 | 欲 | 語 句 |
①ゆゑん(理由・根拠・手段) | ①や・か・かな(~か・~か・~だなあ)[疑問・反語・詠嘆] ②[置き字/対象・場所・比較・受身] ③こ[接尾語/修飾語を作る] ▼ここでは①の意。 | ①か・かナリ(よい) ②ベシ[可能・許可・当然] ▼ここでは②の意。 | ①あタル(当たる) ②まさニ~ベシ(当然~(する)べきだ・はずだ)[再読文字] ③~ニあタリ(~の時に) ▼ここでは②の意。 | ①よく(欲望) ②ほつス(~したいと思う)[願望] ③ほつス(~しようとする・~しそうである) ▼ここでは②の意。 | 意 味 |
※これ1冊で教科書の内容が全て分かるおすすめの参考書
参考資料
『高士伝』許由
この話でも嫌なことを聞いて「水で耳を洗う」ということが行われています。しかし実際それは、汚らわしい事(間違っていること)として描かれています。実際に見てみましょう。
書き下し文
尭又召して九州の長と為さんとす。由之を聞くを欲せず、耳を潁水の浜に洗ふ。時に其の友巣父、犢を牽きて之に飲ましめんと欲す。由の耳を洗ふを見て、其の故を問ふ。
対へて曰はく、「尭我を召して九州の長と為さんと欲す。其の声を聞くを悪み、是の故に耳を洗ふ。」と。
巣父曰はく、「子若し高岸深谷に処れば、人道通ぜず、誰か能く子を見ん。子故より浮遊にして、聞こゆるを欲して其の名誉を求む。吾が犢口を汚せり。」と。犢を上流に牽きて之に飲ましむ。
現代語訳
尭はさらに(許由を)召し出して九州の長(=天下の統治者)としようとした。許由はそのことを聞きたがらず、耳を潁水のほとりで洗った。ちょうどその友人の巣父が、子牛を引いて水を飲ませようとしていた。許由が耳を洗っているのを見て、その理由を尋ねた。
(許由が)答えて言うことには、「尭は私を召し出して九州の長にしようとしている。そのような言葉を聞くのも嫌なので、だから耳を洗っているのだ。」と。
巣父が言うことには、「あなたがもし(山のほとりなどではなくて)高い崖や深い谷(の奥地)に住んでいれば、人の通る道もなく、誰があなたを見つけられるだろう(いや、見つけられない)。あなたはもともと浮ついているので、(自らの名が)知られることを望み、自らの名誉を求めているのだ。(そのような耳を洗った水を飲ませたことで)私の子牛の口を汚してしまった。」と。(巣父は)子牛を上流に引いていって(改めて)水を飲ませた。
『中国人の機智』井波律子(一九八三 中公新書)
井波律子さんは、本文が描かれた時代の中国人の感性について分析しています。壮絶な時代でギリギリに生きる人々だったからこそ、感性が鋭くなり、「自分の意思をはっきりと伝えること」「転じて他者批判や他者攻撃」になっていったのであろうと述べています。
魏晋の著名人の揷話集『世説新語』に登場する人びとが生きたのは、後漢末期(二世紀末)から、東晋末期(五世紀初)にいたるまでの激動の時代である。この時代ほど、おびただしい血の色に彩られ、濃厚な死臭に満ちた時間帯もめずらしい。
統一王朝であった後漢が宦官の専横によって自壊したあと、群雄割拠の戦乱期を経て、魏呉蜀の三国鼎立期。さらに策謀のかぎりをつくした司馬氏の帝位篡奪と晋王朝の成立。その晋王朝の血肉間抗争と北方異民族の侵入による弱体化、滅亡。東遷、東晋王朝の成立、さらなる滅亡。
内乱、異民族との戦争、めまぐるしい王朝の交替にあけ暮れた三国六朝(魏晋南北朝)時代。この暗く険悪な乱世に生きあわせた人びとの生命は、極端ないい方をすれば、常に風前の燈であった。ほんの些細な状勢判断の誤りや人間関係の軋轢によってさえも、人びとはいともあっけなく落命しなければならなかったのである。こうした濃厚な死の影におおわれた状況のもとで、『世説新語』の人びとは、逆に何ものにもかえがたい限りある自己の生を、より十全に生きぬこうとし、世間的価値観の呪縛を脱して、おのが好み、おのが価値観─私の流儀、私のやり方─のまにまに、固有な運命を選びとろうとしたのであった。
それにしても、『世説新語』に誌された人びとの言動に、全体として陰湿な翳りがまったくみられないのは、なぜであろうか。
彼らの感情のあり方といえば、凄まじく切れ味がよく、はなはだ鋭角的なのである。そこにみられるのは、悲哀をのりこえ、憂欝をはらいのけて、濁世にむかってしたたかに哄笑するたくましき群像である。地獄のような時間帯に生きあわせ、人の世の修羅の相をくっきりと脳裏に焼きつけてしまったこれらの人びとは、いったん心情の極北にまで放逐されたことによって、事象をその裸形の相において透視しうる醒めはてた視点をわがものとした。それゆえにこそ、彼らは誰よりもよく笑い、また目がくらむほど憤りえたのである。彼らはいかなるものに対しても幻想を抱かず、自己存在を唯一の基点として、好きなものは好き、嫌なものは嫌、うれしいことはうれしい、腹立たしいことは腹立たしいと、残酷なまでにはっきりと選別する。だから、その感情の相は、実に個性的で鮮烈な輪廓を呈しているのである。
そして、このような鋭角的な感情のありようが、外界や他者にむけられるや、たちまち寸鉄人を刺す痛烈な他者批判や機智に富んだ他者攻撃に変じたりもする。
ドストエフスキイは、ペトラシェフスキイ事件に連座して死刑場に引き出された時、教会の屋根に照りかえす明るい日射しを凝視めながら、残されたわずかの時間のうちに、おのが生のエキスを集中的にくみつくそうとしたという。心臓にむかってぴたりと据えられた銃口の前に立つ人間の、文字通り必死の「生」の再確認。『世説新語』の人びとの立っていたところもまた、こうした地点にほかならなかった。彼らの一種思い切りのいい乾いた感情のあり方や、すぐれた言語表現を追い求める過度の鋭敏さは、このぎりぎりの地点においてはじめて、現出しえたものだったのである。
『中国人の機智』井波律子(一九八三 中公新書)
テスト予想問題と解答
発問 「少時」とはいつごろか。知
答 青年時代。
補充 「少」について、① 本文での読み方を終止形で答え、② 意味として最も適当なものを、次から選べ。知
ア 年が若い
イ 数量がわずかである
ウ まれである
エ ほどなくして
答 ①わかし ②ア
補充 「隠」の本文での意味を含んだ熟語として最も適当なものを、次から選べ。【語句】知識
ア 隠蔽 イ 隠語 ウ 惻隠 エ 隠居
答 エ
補充 「当枕石漱流」を書き下し文にせよ。知
答 当に石に枕し流れに漱がんとすべきに
補充 「誤」とあるが、正しくは何と言うべきだったのか。思
答 枕石漱流
発問 「石可漱乎」を現代語訳せよ。思
答 石は口をすすぐことができようか(いや、できない)。
補充 「流可枕、石可漱乎」について、
①文末の「乎」の意味に注意して口語訳せよ。思
②この部分における王武子の心情として最も適当なものを、次から選べ。思
ア 面白い言い方をするものだと、孫子荊を賞賛する気持ち。
イ 言い間違いをしてしまった孫子荊をからかってやろうという気持ち。
ウ 気の利いたことを言うことのできない孫子荊の軽薄さを悲嘆する気持ち。
エ 訳の分からないことを言う孫子荊の意図が分からず憤怒する気持ち。
答 ①可能 ②流れは枕とすることができ、石は口をすすぐことができるだろうか(いや、できない)。 ③イ
発問 「所以枕流」とは、どのような意味か。思
答 川の流れを枕とする理由。
発問 「漱石枕流」は、現在どのような意味で使われているか。知
答 負け惜しみの強いこと。無理なこじつけ。
補充 「所以」の読み方を現代仮名遣いで答えよ。知
答 ゆえん
補充 孫子荊は、自分の言った①「枕流」、②「漱石」を、それぞれどのような目的の行為だと言っているか、説明せよ。思
答 ①(汚らわしいことを聞いた)耳を洗うため。 ②(俗世間のきたないものを食べた)歯をきれいにするため。
学習
1 孫子荊はどのように「漱石枕流」という言い間違いをとりつくろったのか。説明してみよう。思
答 川の流れを枕とするのは汚いことを聞いた耳を洗うため、石で口をすすぐのは汚いものを食べた歯を磨くためだとした。
コメント