『漁夫之利』

【本文】

戦国時代(前四〇三~前二二一)、斉・楚・秦・燕・韓・魏・趙の七国が勢力をふるって互いに激しく争い、戦国の七雄と呼ばれた。
なかでも咸陽に都をおいた秦は最も強大であった。そのような情勢の中で、趙が燕を攻撃しようとしていたとき、当時の策士の一人であった蘇代は秦の脅威を恐れて、趙の恵王に攻撃を思いとどまるように進言した。
この話は蘇代がその際に用いた寓話である。
【白文】
蚌方出曝。而鷸啄其肉。蚌合而箝其喙。
鷸曰、「今日不雨、明日不雨、即有死蚌。」
蚌亦謂鷸曰、「今日不出、明日不出、即有死鷸。」
両者不肯相舎。漁者得而并擒之。(『戦国策』)
【書き下し文】

蚌方に出でて曝す。而して鷸其の肉を啄む。蚌合して其の喙を箝む。
鷸曰はく、「今日雨ふらず、明日雨ふらずんば、即ち死蚌有らん。」と。
蚌も亦鷸に謂ひて曰はく、「今日出ださず、明日出ださずんば、即ち死鷸有らん。」と。
両者相舎つるを肯ぜず。漁者得て之を幷せ擒ふ。
【現代語訳】

ドブガイがちょうど(水中から)出てひなたぼっこをしていた。するとシギがその肉をついばんだ。ドブガイは(貝殻を)合わせてそのくちばしをはさんだ。
シギが言うことには、「今日雨が降らなくて、明日も雨が降らなかったら、死んだドブガイがいる(お前は死んでしまう)だろう。」と。
ドブガイもまたシギに言うことには、「今日放さないでいて、明日も放さなかったら、死んだシギがいる(お前は死んでしまう)だろう。」と。
両者ともお互いに捨て放つことを承知しなかった。(そこにやってきた)漁師が手に入れてこれらをあわせて捕まえてしまった。
【重要語句】

漢文を読むためには、句法を知ることと【1字の語句の意味】を知ることが大事になります。
今回出てきた語句の意味をしっかり押さえることで、定期試験対策や受験対策になります。
之 | 相 | 肯 | 亦 | 即 | 曰 | 其 | 而 | 語 句 |
①ゆク(行く) ②これ・こレ・こノ・ここ(これ・この・ここ) ③の(~の)▼ここでは②の意。 | ①しやう(宰相) ②あひ(お互いに) ③あひ(相手を・相手に) ▼ここでは②の意。 | ①がへんズ(承知する) ②あヘテ(承知して~しようとする) ▼ここでは①の意。 | また(~もまた) | すなはチ(つまり・~ならば・すぐに) | いハク(言うことには) | ①それ・そノ(それ・その) ②そレ[推測] ▼ここでは①の意。 | ①なんぢ(あなた)[二人称] ②しかシテ・しかうシテ(そして・すると)[順接] ③しかモ・しかルニ・しかレドモ(しかし)[逆接] ④[置き字/順接・逆接] ▼ここでは②と④の意。 | 意 味 |
【定期試験・受験対策問題】
■漁夫之利
問 「而」の用法について、空欄に入る適切な語句を選べ。
「而」は〔①〕にあるときは置き字とし、順接の場合「テ・シテ」、逆接の場合「ドモ・モ」などを前に読む語につけて訓読する。〔②〕にあるときは置き字とせず、順接の場合「しかうシテ・しかシテ」、逆接の場合「しかルニ・しかレドモ」などと読む。
ア 文頭 イ 文中 ウ 文末
答 ① イ ② ア
問 「蚌合」について、なにを「合」するのか。答えよ。
答 貝殻
問 鷸は、雨が降らないと蚌がどうなるといっているか。
答 (干からびて)死んでしまう。
問 「即有死蚌」について、ここでの「即」と同じ意味で用いることができる字を選べ。
ア 勿 イ 則 ウ 若 エ 欲
答 イ
問 「即有死蚌」を、わかりやすく口語訳せよ。
答 蚌(お前)は死んでしまうだろう。
問 「不肯」の意味として最も適当なものを選べ。
ア ~する道理はない
イ ~する勇気がない
ウ ~する可能性はない
エ ~することを承知しない
答 エ
問 「相舎」とはどういう意味か。
答 互いに相手を捨て放つこと。
問 「舎」は、ここでは何の字と同じ意味を表しているか、答えよ。
答 捨
問 「漁者」の意味を答えよ。
答 漁師
問 「之」の指しているものを本文中から答えよ。
答 蚌・鷸。
問 「即有死蚌」・「即有死鷸」とあるが、蚌と鷸はそれぞれ、どのような理由で死ぬことになると言われているのか。考えてみよう。
答 「蚌」は水中に棲む生物なので、まる二日間水のない状態だと干からびてしまうから。「鷸」はくちばしを挟まれたままだと食事をすることができず、飢え死にしてしまうから。
問 「蚌」「鷸」「漁者」はそれぞれ何をたとえているか。
答 「蚌」=燕、「鷸」=趙、「漁者」=秦。
問 否定を表す「不」に注意して、「今日不雨、明日不雨、即有死蚌。」を書き下し文にしてみよう。
答 今日雨ふらず、明日雨ふらずんば、即ち死蚌有らん。
【漁夫の利の解釈と意味】
今回の話では、「ドブガイ」と「シギ」がケンカをしていて、お互いにつかみ合って動けなくなった所
「漁師」が両方を取ってしまった、ということでした。
ここから生まれた故事成語が「漁夫の利」でした。

『矛盾』

【本文】

春秋時代(前七七〇~前四〇三)、儒家の祖である孔子は、その昔、舜が聖人の徳によって不道徳な民を正しく導いたとほめたたえた。しかし、舜が民を導いたときの天子は、儒家が聖人とする尭であった。
そのことについてある人が、尭と舜がともに聖人であるとするのはつじつまが合わないと儒家を批判した。右の話は、その際に用いられた寓話である。
【白文】
楚人有鬻盾与矛者。
誉之曰、「吾盾之堅、莫能陥也。」
又誉其矛曰、「吾矛之利、於物無不陥也。」
或曰、「以子之矛、陥子之盾、何如。」
其人弗能応也。(『韓非子』)
【書き下し文】

楚人に盾と矛とを鬻ぐ者有り。
之を誉めて曰はく、「吾が盾の堅きこと、能く陥す莫きなり。」と。
又其の矛を誉めて曰はく、「吾が矛の利きこと、物に於いて陥さざる無きなり。」と。
或ひと曰はく、「子の矛を以て、子の盾を陥さば、何如。」と。
其の人応ふる能はざるなり。
【現代語訳】

楚の人に盾と矛とを売る者がいた。
(その人が)これ(盾)をほめて言うことには、「私の盾の堅いことといったら、突き通すことができるものはないのだ。」と。
またその矛をほめて言うことには、「私の矛の鋭いことといったら、どんな物でも突き通さないものはないのだ。」と。
(それを聞いて)ある人が言うことには、「あなたの矛で、あなたの盾を突き通そうとすれば、どうか。」と。
その人は答えることができなかった。
【重要語句】

応 | 子 | 以 | 或 | 於 | 也 | 能 | 与 | 語 句 |
①こたフ(答える) ②まさニ~ベシ(当然~べきだ・きっと~だろう)[再読文字] ▼ここでは①の意。 | ①こ(子供) ②し(あなた)[二人称] ③し[敬称] ▼ここでは②の意。 | ①もつテ・もつテス(~で・~によって・~を)[手段・理由・対象] | ①あるヒト・あるイハ(ある人・物) ②あるイハ(もしかすると) ▼ここでは①の意。 | ①おイテ(~において) ②[置き字/対象・場所・比較・受身] ▼ここでは①の意。 | ①なり(~である)[断定・強意] ②や(~こそ・~は)[提示・接続] ③や・か[疑問・反語] ▼ここでは①の意。 | ①のう(能力) ②あたフ《不可能を表す「不能」「弗能」を「あたハず」と読むための訓》(~できる)[可能] ③よク(~できる)[可能] ▼2行目では③、4行目では②の意。 | ①あたフ(与える) ②くみス(味方する・対処する) ③あづかル(参加する) ④ともニ(~と一緒に) ⑤と(~と~と) ⑥よリハ[比較] ⑦や・か・かな[疑問・反語・詠嘆] ▼ここでは⑤の意。 | 意 味 |
【定期試験・受験対策問題】
■矛盾
問 「楚」の説明として適当でないものを選べ。
ア 春秋時代には春秋五覇の一人とされる君主がいた。
イ 戦国時代には戦国七雄の一国であった。
ウ 中国南方に栄えた国であり、長江沿岸に都した。
エ 他国を滅ぼして中国を統一したが十数年で滅んだ。
答 エ
問 「盾」「矛」とはそれぞれどのような道具か。
答 盾…槍や矢、矛を防ぐ道具。矛…長い柄の先に剣をつけた武器。
問 「楚人~」の一文を書き下し文にしなさい。
答 楚人に盾と矛とを鬻ぐ者有り。
問 「楚人」は売ろうとする盾と矛を、どのような言葉で自慢したか。
答
盾…私の盾は突き通すものがないほどだ。(どんなものも突き通すことができないほど堅い)
矛…私の矛はどんなものでも突き通せないものはない。(どんなものでも突き通すほど鋭い)
問 「誉之」の「之」が指すものを答えよ。
答 盾。
問 「莫能陥也」の解釈として適当なものを選べ。
ア めったなことでは突き通すことはできない。
イ 何物であっても突き通すことはできない。
ウ 決して突き通そうとしてはいけない。
エ ごくまれにしか突き通すことはできない。
答 イ
問 「以子之矛」について、「以」の用法を選べ。
ア 対象 イ 手段 ウ 時 エ 理由
答 イ
問 「其人」とは誰のことか。
答 盾と矛とを売る人(楚人)。
問 「弗」と同じ意味を表す漢字を本文中からあげよ。
答 不。
問 「能」の字について、「莫能陥也」と「弗能応也」の二箇所で読み方が異なるのはなぜか。説明せよ。
答 (例)通常は「よク」と読むが、「ず」と読む字に接続するときは「あたは」と読む慣習があるため。
問 「弗能応也」の「応」について、同じ意味で「応」を用いた二字の熟語を挙げよ。
答 (例)応答
問「其人弗能応也」とあるが、それはなぜか。考えてみよう。
答 どんなものでも突き通すことのできない盾と、どんなものをも突き通すことができる矛とは、同時に存在することはできないから。
問 本文から平仮名で書き下す漢字を抜き出してみよう。
答 与・之・也・不・弗
【矛盾の解釈と意味】
皆さんも聞いたことがあるかもしれませんね。
何でも貫く矛(槍みたいなものです)と何でも防御する盾、さてどちらが強いのか?
どちらかが勝てば、もう片方は嘘をついたことになります。
このつじつまの合わないお話から、「矛盾(むじゅん)」(矛:ほこ 盾:たて)という言葉が生まれました。

まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は、高校1年生の教科書に必ずと言っていいほど載っている『漁夫之利』と『矛盾』の本文と書き下し文、現代語訳でした。
実は中学校の教科書にも収録されていたりしますので、高校受験でも頻出の文章です。
本文を何度も音読し、書き下し文と現代語訳をしっかりと確認し、重要語句を覚えていきましょう。
高校入試や大学入試まで必要な知識になります。
2つの作品の疑問・質問が少しでも解決出来ていたら幸いです。
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