伊勢物語とは、平安時代に成立した日本の歌物語。全1巻。平安時代初期に実在した貴族である在原業平を思わせる男を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語集で、主人公の恋愛を中心とする一代記的物語でもあります。主人公の名は明記されず、多くが「むかし、男(ありけり)」の冒頭句を持つことでも知られています。作者不詳。平安時代のうちの具体的な成立年代も不詳で、初期、西暦900年前後、前期、(現在のような形になったのが)中期などの説があります。
『竹取物語』と並ぶ創成期の仮名文学の代表作。現存する日本の歌物語中最古の作品。同じく歌物語とされるものに『大和物語』があるものの、後世への影響力の大きさでは『伊勢物語』には及びません。そういった意味では『伊勢物語』は『源氏物語』と双璧をなしており、これらに『古今和歌集』を加えて同時代の三大文学と見ることもできます。(参考:Wikipedia)

高校入学後、間違いなく触れるであろう作品です。高校受験や大学入試にも多く使われたりします。古文を学習する際に易しめの本文でありながら、和歌もあることで、非常に使いやすい(勉強しやすい)教材となっております。
本文
昔、男、片田舎に住みけり。男、宮仕へしにとて、別れ惜しみて行きにけるままに、三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、今宵あはむとちぎりたりけるに、この男来たりけり。「この戸開けたまへ。」とたたきけれど、開けで、歌をなむよみて出だしたりける。
あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれ
と言ひ出だしたりければ、
あづさ弓ま弓つき弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよ
と言ひて、いなむとしければ、女、
あづさ弓引けど引かねど昔より心は君に寄りにしものを
と言ひけれど、男帰りにけり。女、いとかなしくて、後に立ちて追ひ行けど、え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
あひ思はで離れぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。(第二十四段)
現代語訳
昔、男が片田舎に住んでいた。男は宮仕えをしに(行く)と言って、(一緒に住んでいた女と)別れを惜しんで行ってしまったまま、三年帰ってこなかったので、(女は)待ちわびていたが、たいそう心を込めて求婚してきた人に、今夜結婚しようと約束をした(ちょうどその)夜に、この男(元の夫)が帰ってきた。(男は)「この戸を開けてください。」と(戸を)たたいたが、(女は)開けないで、歌を詠んで差し出したのだった。
三年間(あなたを)待ちわびて、ちょうど今夜、(私は新しい夫と)結婚するのです。
と詠みかけたところ、
長い年月にわたって私が(あなたに)したように、(新しい夫を)愛し、仲よくしなさい。
と詠んで、立ち去ろうとしたので、女は、
(あなたが私の心を)引こうが引くまいが、昔から(私の)心はあなたに寄りそっていましたのに。
と詠んだが、男は帰ってしまった。女はとても悲しくて、後について追っていくけれど、追いつくことができなくて、清水のある所に倒れ伏してしまった。そこにあった岩に、(女が)指の血で書きつけた(歌)。
私はあなたを恋しく思っているのに私のことを思ってくれず、去って行ってしまったあなたを引き止めることができなくて、私の身は今消え果てて(死んで)しまうようです。
と書いて、そこで死んでしまった。
本文と現代語訳のスライド(画像)






品詞分解
f9cb29f24d10cea7e3f5c55dde83e324重要語句一覧
いたづらになる | 離る | え…(打消) | ただ | ちぎる | あふ | ねむごろなり | 宮仕へ |
連語 | 動詞 | 副詞 | 副詞 | 動詞 | 動詞 | 形容動詞 | 名詞 |
ラ下二 | ラ四 | ハ四 | ナリ | ||||
①むだになる。②死ぬ。▼ここでは②の意。 | 離れる。 | …することができない。 | 直接。すぐに。ちょうど。 | ①約束する。②将来を誓う。夫婦の関係を結ぶ。 ▼ここでは①の意。 | ①出会う。あたる。②男女が結婚する。親しくつきあう。▼ここでは②の意。 | ①心を込めている様子だ。丁寧だ。親しい。一生懸命だ。②(近世語)男女が親しい。▼ここでは①の意。 | 宮中に仕えること。貴人の家に仕えること。 |
テスト予想問題
発問 「別れ惜しみて」という表現からわかることを答えよ。思
答 愛し合っていた夫婦が離ればなれになったということ。
発問 「ねむごろに言ひける人」を現代語訳せよ。思
答 心を込めて求婚してきた人。
発問 「今宵あはむ」を現代語訳せよ。思
答 今夜結婚しよう。
発問 「今宵あはむ」とは誰が誰と約束したのか。思
答 女が「ねむごろに言ひける人」と。
脚問 「この男」とは、誰のことか。思
答 元の夫(男)。
補充 「開けで」の「で」と用法が異なるものを、次からすべて選べ。知
ア 物も言はで涙を流すこと限りなし。
イ 深淵にのぞんで薄氷を踏むがごとく、
ウ 人にも知らせで車に乗りて内に参りにけり。
エ この女見では、世にあるまじき心地のしければ、
オ われ先にと走り出で、調度ども運び騒ぎ、
答 イ・オ
発問 「よみて出だしたりける」について、文末が「ける」と連体形であるのはなぜか。知
答 係り結びの成立のため。(係助詞「なむ」の結び)
発問 「よみて出だしたりける」について、「出だし」という語からどのようなことがわかるか。思
答 家の中から外に向かって歌を詠んだということ。
発問 「あらたまの…」の歌について、枕詞とかかっていく語を抜き出せ。知
答 あらたまの。/年。
発問 「あらたまの…」の歌で伝えたかった思いを考えながら、戸を開けなかった女の心情を想像してみよう。思
答 ①「今宵別の人と結婚することになっている以上、あなたを家に入れることはできない。」/②「三年間ほったらかしにされたことがつらく、いまさら帰ってこられてもどうしていいかわからない。」/③帰ってきてくれたことはうれしかったが、素直になれず、あなたのせいで別の人と結婚することになったのだと恨み言を言いたくなった。
発問 「うるはしみせよ」とあるが、「うるはしみす」のは誰が誰に対してか。思
答 女が新しい夫に。
発問 「あづさ弓ま弓つき弓…」の歌から序詞とかかっていく語を抜き出せ。知
答 あづさ弓ま弓つき弓。/年。
補充 「わがせしがごとうるはしみせよ」とはどういうことか。三十字以内で答えよ。思
答 自分が女を愛したように、新しい夫を愛してほしいということ。(29字)
発問 「いなむとしければ」の「いな」を終止形にして漢字で書け。また同じ活用をする動詞を挙げよ。知
答 往ぬ(去ぬ)。/死ぬ。
発問 「いなむとしければ」の主語を答えよ。思
答 元の夫。
発問 「寄りにしものを」の「ものを」を文法的に説明せよ。知
答 詠嘆を表す終助詞的用法の接続助詞。
発問 「引けど引かねど」は誰が何を「引く」というのか。思
答 男(あなた)が女(私)の心を。
脚問 「君」とは、誰のことか。思
答 元の夫。
発問 「あづさ弓引けど引かねど…」の歌から枕詞とかかっていく語を抜き出せ。知
答 あづさ弓。/引け。
補充 「女、いとかなしくて」の理由として最も適当なものを、次から選べ。思
ア 新たに結婚しようとした男が、元の夫の存在を知って帰ってしまったから。
イ 男の和歌に比べて、自分の和歌の出来が劣っていると感じたから。
ウ 和歌は交互に詠むのが作法なのに、男が返歌をせず無視したから。
エ 女の気持ちが伝わらずに、元の夫を引き止められなかったから。
オ 元の男が、勘違いしたうえに女をなじる言葉を残して去っていったから。
答 エ
発問 「え追ひつかで」を、言葉を補って現代語訳せよ。思
答 女は男(元の夫)に追いつくことができなくて。
補充 「え」と呼応している語を抜き出せ。知
答 で。
発問 「そこなりける岩」の「そこ」とはどこか。思
答 清水のある所。
発問 「そこなりける」の「なり」と「いたづらになりにけり」の「なり」の違いを文法的に説明せよ。知
答 前者は所在・存在を表す助動詞「なり」の連用形、後者はラ行四段活用動詞「なる」の連用形。
発問 「指の血して書きつけける」について、「して」を文法的に説明せよ。知
答 手段を表す格助詞。
発問 「指の血して書きつけける」について、「ける」が連体形なのはなぜか。知
答 「歌」という語が省略されているから。
発問 「あひ思はで離れぬる人」とはどのような人か。思
答 自分はこれほどまでに思っているのに自分のことを思ってくれず、去って行ってしまった人。
発問 「消えはてぬめる」とはどうなることか。思
答 死んでしまうということ。
発問 「いたづらになりにけり」を現代語訳せよ。思
答 死んでしまった。
補充 本文を読んだ後に、五人の高校生が感想を述べ合った。本文の正しい読解に基づいているものを、次から選べ。思
ア 女に何も知らせず都へ出ていったばかりか、さらに三年も女のことを放って帰ってこなかった男は無責任でひどいと思う。
イ 三年も男を待ちつづけた女はさぞ苦しかっただろうが、別の男の浮気めいた誘いに乗ってしまったのはよくなかったと思う。
ウ 男が帰ってきたときに女がすぐに戸を開けなかったのは、前の男への愛情が冷め、新しい男との約束を守ろうとしたからだと思う。
エ 男は女を愛しており、やむを得ない事情で都へ上ったのだから、女がその帰りを喜んで迎え入れてやれば悲劇は起こらなかったと思う。
オ 新しい男が家にいたからといって、理由も聞かず追いすがる女を振り切って行ってしまう男は少しむごいのではないかと思う。
答 エ
次の⑴~⑹における「男」、または、「女」の気持ちを説明してみよう。思
⑴ 今宵あはむとちぎりたりけるに、
答 女・「これ以上待っていても仕方がない、新しい生活を始めるしかない。」というあきらめ。
⑵ 開けで、歌をなむよみて出だしたりける。
答 女・「ずっと待っていたのに、なぜもっと早く帰ってきてくれなかったのか。」という夫への恨み。
⑶ あづさ弓ま弓……と言ひて、いなむとしければ、
答 男・「新しい夫と幸せになってほしい。」という妻への祝福。
⑷ あづさ弓引けど……と言ひけれど、
答 女・「私が愛しているのはあなただけだ。去っていかないでほしい。」という一途な愛情。
⑸ 男帰りにけり。
答 男・「三年も放っておいた自分が今更出る幕ではない。二人の仲は終わったのだ。」という別れの決意。
⑹ あひ思はで……と書きて、
答 女・「あなたを失っては生きていけない。」という絶望。
1 傍線部の「に」の違いを文法的に説明してみよう。
⑴ 片田舎に住みけり。
答 格助詞(場所)。
⑵ 待ちわびたりけるに、
答 接続助詞(単純接続)。
⑶ いとねむごろに言ひける人に、
答 ナリ活用形容動詞「ねむごろなり」の連用形活用語尾。
⑷ 男帰りにけり。
答 完了の助動詞「ぬ」連用形。
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